絵を描きながら

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またまたセドナ

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P8(455×333mm)
また描いてしまいました。セドナの赤い岩山。
大自然だという感じが好きです。それに西部劇の風景も。
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馬で移動すれば、西部劇、でも、車での移動です。
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西部劇のように酒場でビール
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食事は、西部劇より贅沢に。

「過剰反応」社会の悪夢 (角川新書) Kindle版
榎本 博明 (著)

以前に読んだ本ですが、今度はこの本で、、

気になったことや自分の意見がうまく言えないので、本の力をお借りします。

過剰反応の心理構造
認知的複雑性の欠如が生む過剰反応


認知的複雑性とは、物事を単純化せずに多面的に見ることができることをさす。
認知的複雑性が低い人は、物事を単純化する癖があるのだが、
それは一面的にしか見ていないからである。

例えば、認知的複雑性が低いタイプは、人に対する評価を極端から極端に変える傾向がある。
それまで、「いい人」とか「気の合う人だ」と言って傾倒していた人物に対して
「あんな人とは思わなかった。見そこなった。」
などと酷評するようになったりする。

なぜそんなことになるかと言えば、人間というものを多面的に見て、
複合的に評価することが苦手だからだ。
人間誰にでも長所もあれば、短所もある。
こちらと合う面もあれば、合わない面もある。
どんなに気の合う相手でも、感受性や考えの違う点や価値観の合わない点などがあるものだ。

だが、認知的複雑性が低いタイプは、
そういった相違点も含めて相手を受け入れるということができない。

したがって、人に対する評価が一面的になりがちである。
「よい人なのか、嫌な人なのか」「味方なのか、敵なのか」
というように一面的に判断しようとする。

単純に評価、単純に考える方が楽ちんです。
楽だから、、単純なキャッチフレーズに、、、弱い。
でもだめですよ。

ヒトにも、出来事にも、国際関係にも、、、、
賢いということって、認知的複雑性を高く保つことかな。







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by aamori | 2017-04-21 10:18 | | Comments(4)

セドナの赤い山々

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P6(410×273mm)
こういった西部劇の舞台になりそうな土地、風景大好きです。
町並みを何枚か描くと、また荒野の風景に、、
セドナの山は赤くて、グレーの岩山より元気に描くことができます。
最近セドナはパワースポットと言われてますが、、特にパワーは感じなかったです。
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レンタカーで移動。
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ここも、Vortex、パワースポットらしいです。
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また、行ってもいいと思う場所です。
でも、アメリカ、なんとなく居心地が悪くなっているような、、、
Welcomeという感じが薄れているかのような、、、

「過剰反応」社会の悪夢 (角川新書) Kindle版
榎本 博明 (著)

以前に読んだ本ですが、今度はこの本で、、

気になったことや自分の意見がうまく言えないので、本の力をお借りします。

教師の体罰への過剰反応による隠蔽体質。

前回の続きです。
「体罰とされ糾弾されている教員の行為」を一連の流れの中に位置づけてみないことには、
事の真相はわからない。
ことなかれ主義に徹することのできない教員、生徒指導に熱心な教員は、
いざというときに身を守ることのできない危険な立場に身を置かざるおえない。
一方では、マスメディアやネット上で騒がれるような事態を恐れて、
教育現場では何かにつけ表沙汰にならないようしようという動きが強まる。
結局、教育現場にはびこる隠蔽体質も、
何かと煽り立て、市民の間に過剰反応を引き起こそうとするマスメディアが
助長していると言ってよい。

過剰反応をあおっているという意味において、マスメディアの責任は重い。
物事を冷静に、多角的に見るための情報を与えるという使命を
忘れているかのような報道も少なくない。



Kindleは、読者がよいと思った文章にハイライトがあって、太字の部分はハイライトになってます。

マスメディアに対して、みんな、信頼を置いていないようです。
その点を気が付いているのかなと、マスメディアは、、、
責任とか、、、感じているのか?
人格としてどうも???みたいな人っているようで。






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by aamori | 2017-04-13 09:33 | | Comments(6)

マルタ島の港

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P6(410×273mm)
マルタには、シチリアからフェリーで。大分前の旅です。
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大きなフェリーでした。
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船内も快適。
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世界遺産バレッタ旧市街、本来なら、此処を描くところかな。
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大型クルーズ船のわきを通って、
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この時の私のカメラは調子悪くって、こんな風に撮れてます。
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猫の島、海辺の猫。この子は用心深い。

「過剰反応」社会の悪夢 (角川新書) Kindle版
榎本 博明 (著)

以前に読んだ本ですが、今度はこの本で、、

気になったことや自分の意見がうまく言えないので、本の力をお借りします。

個人情報保護への過剰反応で身動き取れない



よくあるのが、学校や幼稚園などで生徒や園児の連絡網が取れず、
緊急時の連絡に手間取ったり、連絡ができなかったりする問題。
大学でも、ゼミなどの名簿や連絡網を作らないようにという通知が出て、不便を感じたことがある。

よその家庭に自分の連絡先を知られたくないという家庭が多く、緊急連絡網を作成できない。
「子供が遊びに行ったまま帰らない」「子供のトラブルで一言謝りたい」などという時に、保護者間で連絡しあう手段がなく、そうした対応は、学校が仲介できる勤務時間内に限られ不便。

これに対して、個人情報保護条例では、
緊急連絡網の作成や配布を直接禁止していた限定はなく、
本人の同意があれば、作成・配布できるとの見解を示している。
クラス全員から同意が得られない場合でも、
同意が得られた人のみを掲載した名簿を配布することができるという。

そうすると、個人情報保護のため名簿や連絡網を一切作成できないという学校側の判断にも、
個人情報だから自宅の連絡策は誰にも知られないようにしたいという生徒の・保護者の要望にも、
過剰反応の部分が大きいと言わざるを得ない。



なんだか、おおらかさがなくなったような、、、
コミュニケーションが、スムーズにいかなくなりそうで。







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by aamori | 2017-04-06 10:07 | | Comments(6)

ドームの見える通り

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F4(333×242mm)
絵手紙グッドタイミングさんのブログ
http://jetegami.exblog.jp/27653697/
遠目でも目立つドームのあるカーマライト教会 ~マルタ島~
に触発されて描いてみました。
私も行って、この通りの写真は何枚も撮っていたのですが、、絵にしていなくって。

太目の筆で、、ガサツに描いてみました。

絵手紙グッドタイミングさんは今は南太平洋かな?

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急な坂道、海が見えます。
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猫の多い島で、。ちゃんとお迎えしてくれました。
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教育幻想 クールティーチャー宣言 (ちくまプリマー新書) 新書 菅野 仁 (著)

生徒を統御できない、あるいはあえてしない「友達先生」と呼べるような先生がいます。
友達先生は、しばしば「教室でおこっていることをないものとしよう」とすることがあります。
もちろん、「ことなかれ主義」の部分もあるのでしょうが、
厄介なのは、「生徒を傷つけたくない」という思いが強すぎて、
結果的に生徒をよい方向に共同できないケースです。
これは小学校4年生の学級の事例です。集金したお金が無くなって、みんなで探しましょうということになって、探したところ一人の机の中から出てきたのです。
しかしその先生はことが大きくなることを恐れてか、
そこで、「このことは誰にも言わないように」と子供たちに口止めをしました。
ですが、相手が子供ですから、当然何人かは親に言ってしまったわけです。

このことをおおっぴらの明るみに出していいかどうかは
生徒への指導上の観点もありまた別の議論になりますが、
この先生を見ていると、問題を自分の中に囲い込もうとするというか、起きたことをなかったことにしようとする傾向が感じ取られます。
クラス担任制が閉じた世界を作ってしまう。


ありそうな話です。先生の心理状態もわかる気がしますが、、、
優しい先生でいることがいいのか、、、表面的には優しさが、、、見えます。
先生一人で抱え込むのが悪いでしょうね。難しすぎます。
もう少し、相談検討する人たちがほしいです。学級という閉鎖空間で処理するには難しい、、、

先生たいへんです、大変だということを認識して支えあうシステムが必要です。
自分の力で、管理しないとだめだと思い込んでいるのかなと、、
もっと、助っ人を求めてもいいと思うのです。







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by aamori | 2017-03-30 11:51 | | Comments(10)

Castillo de Calatrava la Nueva

タイトルはスペイン語、ウィキペディアで調べたのですが、スペイン語しか見当たらず。
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P3(273×190mm)
小さい絵で、すぐに描いてしまいました。
カラトラバ騎士団というのがいて、これは日本語のウィキペディアがありました。

カラトラバ騎士団 (Orden de Calatrava)は、スペインで初めて設立された戦闘騎士団(しかし認可を教皇庁から受けたのは2番目)。1164年9月26日、ローマ教皇アレクサンデル3世より認可された。
12世紀にカスティーリャでシトー会の傘下騎士団として設立。カラトラバ・ラ・ヌエバに本拠の城をかまえた。
騎士団は、歴代の王たちとともにレコンキスタを戦い、勇猛をとどろかせた。
カラトラバ騎士団 のお城だったようです。
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ラ・マンチャのお城。
私には、遠い物語の世界です。
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ちゃんと上まで上がったのですが、朝早くて、開いてなく城の中へは入れず。
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教育幻想 クールティーチャー宣言 (ちくまプリマー新書) 新書 菅野 仁 (著)


学校で一番大切なのは「欲望の統御の作法」を身につけること


学校のみならず、親が子に対して何を伝えなければならないかという時のキーワードとして、
私が基本だと考えているのは「欲望の統御の作法」を身につけさせること。

かつての管理教育の場合は、欲望そのものをいかに封じ込めるか、極端に言えば、欲望の否定、完全封鎖みたいなところまでもっていこうとしました。
一方で、子供中心主義を標榜するいわゆる自由主義教育の場合はというと、
「欲望の全面的肯定または開放」です。
「子供が、”ああしたい、こうしたい”ということを、極力保証しましょう。」というような方向。

どちらも問題です。


ピンクの文章も著者の文章そのまんまではありません。

自分の体験として、どちらの方向にも出会ったような、、、私らの世代は
極端な管理教育的なものから、リベラルな発想へ、移ったことを、感じてきたような、、、

極端な管理教育に対する反動もあったようですが、

私らの世代(?)ちょっと上?
リベラル志向の強い方、リベラルな発想の方が多いと思います。
たぶん反動です。

そうなると、例えば、スポーツでも基本の型からはいったり、
スキーだってボーゲンをせずには、、、できないよ~~
音楽も基本から、楽器はどうしても必要だと思うのですが、、

絵だって、基本的なものがあったりするのですが、、、

なぜか反発を覚える方もいるようです。
基本の習得って、それほど楽しくなく、我慢が必要なのですが、
たぶん、体験してきた極端な管理教育に対する反動なのかな?と思います。

賢い方がリベラルに、、、そんなイメージを持ってます。
そこの間のバランスは難しいことです。







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by aamori | 2017-03-24 10:29 | | Comments(6)

アビラのライオン

ライオンの石像です。
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p3(273×190mm)
描き込んで気が付いたけど、遅い、
デッサンが、やっぱり駄目です。つぶれ気味のライオンになってます。
たまには、こういうデッサン力の必要なものを描いた方がいいようで。
石像だから許してもらって、ほんもののライオンさんだと、、、ちょっとまずい、
そのうちまた気が向いたら、プロポーションの良いライオンさんを描いてもいいかと、。
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アビラ(Ávila)は、スペインの都市。首都マドリードからは直線距離で西北西に約87kmの位置にある。「城壁と聖人の町」の別称で知られる。
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紀元前6世紀から紀元前5世紀にかけてはベトン族が居住し、彼らの手による石像が残る。
ベトン族というのがよくわからないのですが、この石像、かわいらしくて、
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お尻がなんともかわいいのです。

教育幻想 クールティーチャー宣言 (ちくまプリマー新書) 新書 菅野 仁 (著)


いじめや何かしらの問題が起こった時に、
「この子は心から反省しています。子供に書かせた作文を見ればわかります。」
「子供に事情を聞いたときに、まっすぐに私の目を見つめて誠実に答えてくれました。だからこの子はもう大丈夫です。」
そんなロマン主義的な感覚だけでは、多くの場合、あんまりきちんとした問題解決にはならないと思います。
人間は、たとえ大人でも子供でも、その時その時の状況に合わせた心境に簡単に共鳴するものです。
その瞬間は、「心から反省したつもり」になっていても、違った状況になればペロッと舌を出しているかもしれません。
何も特別に小ずるい子供だけがそういう振る舞いをするわけではないと思っていた方がよいのです。


反省文だって、ある程度知恵があれば、先生に気に入られるように書けます。
(子供時代の私だって、たぶん書けた)読書感想文の宿題と同じ。
でも、どうしていじめに至ったかの、暗い部分の本音は書かないだろうし、
いじめたくなったことへの内省なんてしないだろうし、、、

ロマン主義的な感覚
そやぁ甘いよ。







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by aamori | 2017-03-14 10:04 | | Comments(6)
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F6(410×318mm)
パラドールはスペイン語で休息所の意味があり、
古城などを改装したり、景勝地に新しく建てた半官半民の宿泊施設
アルマグロのは修道院の後。

絵の中の猫さんは、 showsun1203 さんのブログにあった猫ちゃんを借りてしまいました。
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パラドールの入り口です。
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壁の絵
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調度品

本の話を続けます。
友だち幻想―人と人の“つながり”を考える (ちくまプリマー新書) 新書 –
菅野 仁 (著)


著者の菅野 仁 さん、社会学の学者で、教育大の先生。
だった。
こんな先生が、将来学校の先生になる方を教育しているのなら、
日本の教育に希望があるなぁなんて思っていたら、2016年に亡くなっていて、
まだ若かったのです。とっても残念です。

まず、学校、それも小学校の先生にぜひ読んでもらいたいと思うのです。

目上の人との距離感

大学の先生の話です。
距離感を近くしてフレンドリーにすると、寄ってくる。
ノックもしないで「先生!」と言って入ってくるようになる。
そんな時に「ノックぐらいしなさい」とか「今少し忙しいから」というようなことを言うと、
とたんに距離を感じて、来なくなったり話さなくなったり。

福祉系の専門学校で
「高校時代は先生にもため口だったけど、今は敬語に変わった」

先生のほうも、人気取り(?)というか、友達化している先生が多いのか、、

「目上の人に対する話し方や振る舞い方を少し学びました。」という学生が結構います。
高校時代までは、ほとんど何か野放図にほうっておかれるようで、
社会に出たときに必要な作法を、家でも学校でもきちんと伝えていないのかなぁと、
子供たちにやや同情したい気持ちになりました。


ふうん、そうなの??
時々職場に、そういう子が出現して戸惑ったことはありますが、、、

うちは、中学2年生から、アメリカのハイスクールだったので、
そこのところがわかっていませんけど。

フレンドリーなアメリカでも、先生には、敬意を払って、距離はとっていたと思います。
友達とは違う。

ピンクの文章も著者の文章そのまんまではありません。






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by aamori | 2017-03-05 08:47 | | Comments(2)

百合、温泉まんじゅう

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PCは復活、やはり、全然やりやすい、、、!
せっかく以前の絵を見つけたので、、、手元にないけど、たぶんF6(410×318mm)
こういう絵って、大きな花束を買わないとねぇ、、、描けない。
確かホテルのロビーかどこかに飾られていたお花だと思います。
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頂き物です。草津の温泉まんじゅう。
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ゆるキャラぐんまちゃんが。
温泉街で、湯気を立てている温泉まんじゅう、あれって、食べたくなります。
もう一度蒸すとよかったかな?

本の話を続けます。
友だち幻想―人と人の“つながり”を考える (ちくまプリマー新書) 新書 –
菅野 仁 (著)


著者の菅野 仁 さん、社会学の学者で、教育大の先生。
だった。
こんな先生が、将来学校の先生になる方を教育しているのなら、
日本の教育に希望があるなぁなんて思っていたら、2016年に亡くなっていて、
まだ若かったのです。とっても残念です。

まず、学校、それも小学校の先生にぜひ読んでもらいたいと思うのです。

熱心さゆえの教育幻想


教育大の先生、だんだん内容が、現職の先生たちに厳しくなっています。

「話せばわかる」も幻想


話せばわかれば、中東問題、難民問題、テロ、、
そんなもの解決できそう。
教育現場ではその言葉が信じられているのか!!

性善説だけで解決するのは難しいと思います。
つまり「みんないいこなんです」だけでは、やっていけないということなんです。

わかりあえないときは、やはり距離を取ればいい。
先生は、基本的には自分が分かってもらえなくてもいいくらいの覚悟が必要なんです。

本当にやらなくてはいけないのは、
生徒たちに自分の熱い思いや教育方針を注入することよりも、
自分の教室が一つの社会として最低限のルール性を保持できているようにすることです。

例えばいじめで自殺する子が出る学校。
子供が、命の安全が保障されないようなところに毎日通わなければならないということです。

生命の不安を感じながら子供が毎日学校に通うなどということはあってはならないことで、
先生は何よりもまず、学校という空間における最低限のルール性の維持管理をしなければいけないのです。

イクラ学校がつまらなくったって、一応そこへ行っても危害が加えられないことが保障されているのが当然で、それをきちんと管理するのが先生の最低限の役割なのです。


著者のいじめ自殺への怒りが伝わってきます。

最低限の共存の場としてのルール性を担保することが教師の務めであり、
そこからプラスアルファの尊敬や敬愛を生徒から受けることができれば、
それはもう儲けものなのです。


私は、もっと意地悪だから、尊敬や敬愛を生徒から受けようとするのは、
教師の自己愛の表れだと思っています。







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by aamori | 2017-02-25 10:18 | | Comments(4)

以前は花も

PCの調子が不調で、古いタイプのPCを開けて、
古い絵が出てきました。
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手元にないのですが、小さい絵です。
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花の絵は苦手意識が、どう描いてよいかわからなくなっています。
絵を描き始めたころは、まず花だったのに。

本の話を続けます。
友だち幻想―人と人の“つながり”を考える (ちくまプリマー新書) 新書 –
菅野 仁 (著)



著者の菅野 仁 さん、社会学の学者で、教育大の先生。
だった。
こんな先生が、将来学校の先生になる方を教育しているのなら、
日本の教育に希望があるなぁなんて思っていたら、2016年に亡くなっていて、
まだ若かったのです。とっても残念です。

まず、学校、それも小学校の先生にぜひ読んでもらいたいと思うのです。

ルールは必要最低限に


なんでもがんじがらめで、「規則、規則」で縛っても、効果がありません。
ルールを決めるときは、どうしても最小限にこれだけは必要というものに絞り込むことが重要。
ルールを決めるときに
「前例がこうだから、昔から先輩のやり方がこうだから」となってしまう傾向があります。
ルールのミニマム性を追求し、
「大事で外せないもの」を取り出しあとは硬直化しないようにする。

人によって、ルールに関する感覚がかなり違う。
ルールに関しては、
1、そういうものを守るのに抵抗感のない人、
2、ルールを守っていること、それ自体に喜びを感じる人、
3、そういうものにしばられるのを特に嫌がる人



ちなみに私はたぶん3.ばかばかしいルールだと思ったらもう、いやだ、

あまり無意味にルールを増やしていくと、集団や組織全体のモチベーションが下がってぼろぼろと脱落者が増えていきます。


ピンクの文章も、著者の文そのまんまではありません。







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by aamori | 2017-02-23 09:30 | | Comments(6)

風車の丘へ

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F4(333×242mm)
小さい絵なのに、とても細い筆,持っていなくて、、、風車の羽が、、、、
細い線が描ける筆は必要かしらね?
まぁ、イイや、、、

コンスエグラ(Consuegra)は、スペイン・カスティーリャ=ラ・マンチャ州
下の町から、風車まで登って、けっこう疲れました。
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風車の隣のブリキのドン・キホーテ、
私と比べて、非常に痩せてます。
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丘の上からコンスエグラの町。
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丘から、町の方向以外は、、、何もないような、、、

本の話を続けます。
友だち幻想―人と人の“つながり”を考える (ちくまプリマー新書) 新書 –
菅野 仁 (著)


著者の菅野 仁 さん、社会学の学者で、教育大の先生。
だった。
こんな先生が、将来学校の先生になる方を教育しているのなら、
日本の教育に希望があるなぁなんて思っていたら、2016年に亡くなっていて、
まだ若かったのです。とっても残念です。

まず、学校、それも小学校の先生にぜひ読んでもらいたいと思うのです。

「気に入らない人とも併存する作法」が大切


そもそも、クラス全員が仲良くできる、全員気の合う仲間同士であるということは
現実的に不可能に近い。
人間、どうしてもお互い馬が合わない人、理屈抜きに気に障る人というのはいます。


大人同士だって、以前の本でですが、サイコパス、自己愛人格障害、
かなりの確率で存在していると紹介しました。

そんな時に、ムカつくからと言って攻撃すれば、
ますますストレス過剰な環境を作り、自分のリスクを大きくすることになるのです。
チョットむかつくなと思ったら、お互いの存在を見ないようにするとか、同じ空間にいてもなるべくお互い距離を置くしかないと思います。

ただし、露骨に”シカト”の態度を誇示するのも攻撃と同じことに。
最低限の挨拶だけは欠かさないようにして、
あくまでも自然に”敬遠”するというつもりで。

要は「親しさか、敵対か」の二者択一ではなく、
態度保留という真ん中の道を選ぶ。


と言っても、難しいと思います。どうしても、嫌なことをされて許せないやつは出てくるけど、
そういった人は、改めさせようとか、態度を変えさせようとかしても、
無駄なことが多いと思います。サイコパス、自己愛人格障害
距離をとって、放っておくデス。

例えばサバンナの泉のほとりに、たくさんの種類の動物が、お互い無関心な様子で同じ空間を平和に共有している姿を、
フラミンゴやシマウマが、「われ関せず」という感じで、一緒に水を飲む。
あんな光景をおもいうかべると「並存性」がイメージしやすいかと。


そうね、違う種類の生き物と思って、、、

(ピンクの文章も著者の文そのまんまではありません)








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by aamori | 2017-02-22 11:34 | | Comments(2)

趣味の油絵が高じた結果のブログ。思うこともいろいろ。


by ATSUKO