Redon花瓶の花

Redonの図録からです。
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両方とも油彩画、下の絵は「日本風の花瓶」というタイトル。

現実の花?

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先日、三越のライオンがこんなの着ていました。

今日はまたこの本に戻ります。

孤独の価値Kindle

森博嗣()

 
私も、ひねくれているというか、、、著者の意見に共感するところが多いんです。

学校って本当に楽しいか?
子供を持つ親のほとんどは、子供が集団の中でうまく馴染むことを願っている。
それは、子供が成長したときに、社会で生きていくために重要な素養だとわかっているからだ。
子供が友達の話をすると、親はうれしい。友達と仲良く遊ぶ子供を見れば安心できる。
逆に、集団の中で孤立していないか、と心配するし、学校が楽しくないと子供が言えば、
これは親にとっては大きなショック。
 
(私も子供が集団にうまく適応できるか、かなり気にしました。たぶん自分の苦労体験からだと思うのですが)

今の子供は、親を心配させないように、「学校は楽しい」「友達ができた」と報告するかもしれない。
親を喜ばせることが、「良い子」の役目だということを、
この年頃になればすでに充分に理解しているからだ。
少々の脚色は簡単にできる、嘘もつける、嘘であっても、親を喜ばせたいのだ。

考えてみてほしい。学校はそんなに楽しいところかだろうか?
友達ができるというのは、どういう状況を示すのか?
安易に言葉だけで、親子がやり取りをしている場面が多いように見受けられる。

学年が進むと、いろいろありますよね、学力の差、運動ができない子、
失敗をして叱られ、みんなの前で恥をかく、、、
とにかくいやでも、その場から逃げられない。

学校が楽しいところだと教えられたはずなのに、
だんだん、それほど楽しいところでもないことが子供にもわかってくる。
大人たちはうそをついていたのだ、と思える子はまだよい、
多くの子供は、自分が悪い、自分に何か不具合があるから、
学校か楽しめないのだ、と感じ始めるのではないか。

先生たちは、子供が楽しんで勉強できる工夫に頭をひねっている。
「楽しい算数」「面白い理科」といったネーミングで攻めてくる。

「いや、本当はね、勉強っていうのはつらいものなんだ、でも、つらいけれど、我慢してやらなければならない。そうすれば、きっとあとになってよいことがある」とはなかなか教えてもらえない。

「楽しくない」ことを極度に恐れている精神がある。孤独の場合と同じ。

なぜ、きれいな言葉を使ってごまかそうとするのだろうか。
大人は少し考え直した方がよい。もう少し素直になってもらいたい、と僕は思う。


世間が言うような、理想的なことなんてない。
理想的でないと「ダメなんだ」と思いがち、、、いろんなことが、、
これが理想的なライフスタイルみたいな、、、家族も、学校も、仕事も、、、友人関係も。

学校生活だって、子供個人個人でかなり違っていいと思う、、
日本は飛び級制度もないし、、義務教育は落第もしない、みんな平等(同じという解釈?)
結構違うのに、、、、違うということにも、恐怖心?
素質の差は、、なくて、努力の差(あるいは環境の差)に置き換えられたりして、、、、


そこも、嘘を教えられている気がする。
できる子もできない子も、なんだか、、その嘘で悩んでしまいそう。
状況を誤解する。

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Commented by liebekatzen at 2018-03-07 00:11
もしかして勉強不足の私のためにルドンの絵を
見せてくださったのですか?
どうもありがとうございます♪
初めて見ましたよ!
Commented by aamori at 2018-03-07 07:34
> liebekatzenさん
そんなぁ、、図録の紹介を希望される方もいて、、、
何より私のための勉強です。
もっとお見せしちゃいますよ。趣味の押し付け、、、
by aamori | 2018-03-06 09:39 | 美術展 | Comments(2)