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神田明神

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その名は有名ですよね、神田明神

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白い梅は、咲いてなくて、咲いていたのはこれだけ、、、

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神田明神裏参道、、なんだかマンションの階段みたいです。

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男坂

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女坂、ユトリロの絵に似たような、、

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架空の人物ですが、

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銭形平次の碑、八のも、、奥さんのはないのね、、

銭形平次って、野村胡堂の小説の主人公で、子供の時、大川橋蔵でテレビでやっていました。
主題歌は、。舟木一夫。この前、福山雅治がカバーして歌っていました。なんだか、可笑しかった。
明神下に住んでいた銭形平次。
母が好きな番組で、、
子供ながらに、優等生主人公の番組は好きではなかったです。
決まったようにお金を投げて、あとで拾うのかなと思いました。拾って又使う。
明神下の銭形平次。

若い子なら、ルパン三世の銭形警部のほうがなじみですよね、、、


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Commented by ayayay0003 at 2019-02-03 10:13
銭型平次、もちろん、大川橋蔵さんで観ました~(笑)
水戸黄門と双壁をなしていたような(・・?
こんな碑まで出来るとは人気の程が伺えますね~
そしてカバーを福山さんが???それは初めて知りました☆
今でも、人気があるのですね~♫
神田明神も、有名なので、セットで訪ねてみたいと思いました(^_-)-☆
Commented by aichanmama at 2019-02-03 13:59
神田明神は一回だけ「お茶会」で行ったことがあります。
時代劇はあまり見たことはないのですが
大川橋蔵さんはカツラをつけると美しかったですね!
時代劇は主人が「木枯し紋次郎」は見ていました。
「あっしには関係ねぇことでござんす」といいながら
いつも深く関係していました(笑)
文京区のあの辺は坂の多い街ですね!
そして資金が豊富なようで、「文京区シビックセンター」も
立派な建物で、友達がシャンソンの発表会で行ったことが
あります。
出演者は結構お年のかたばかりなのに、歌よりも衣装が派手で
そちらの方ばかり気になってしまいました。
もうすこし歌に時間をかけて練習してほしいと思いました。
Commented by tabi-to-ryokou at 2019-02-03 17:59
こんにちは、神田明神は時々訪問してます。必ず行くのは神田祭りの日。
いつもお茶の水駅のほうから入るので、男坂も、女坂も通ってませんが
時々、創業1864年の天野屋さんで、甘酒をいただいてます。
もし銭形平次が、実在の人物だったら、きっと天野屋さんで、
一杯やってたでしょうね(^。^)
碑の文章を読んでて気づいたのですが、銭形平次の住所が台所町。
実際にこの辺りは「神田明神下御台所町」という町名でした。
何故、そんなこと知ったかというと、神田祭で一番最初に宮入する神輿と、
担ぎ手の法被が「御台所町」って記されてて、神田明神に一番近い町だから。
野村胡堂さんも、しっかり調べて書いてたんですね。
Commented by aamori at 2019-02-04 07:41
> ayayay0003さん
母は、水戸黄門も好きで、、私は、どうも、ワンパターンで、、好きでない。
福山さん、音楽番組で、カバーをするもので、
ギターで銭形平次弾き語りをしてました。
銭形平次の碑は、実は知らなかったです。
Commented by aamori at 2019-02-04 07:46
> aichanmamaさん
私も、「木枯し紋次郎」は好きでしたよ。
上州新田ごおりとかいうナレーションも、
祖父母が群馬でしたから、土地勘もあったし、、
「どこかで誰かが」のあの主題歌も好きでした。
シャンソンの発表会ですか、、、歌よりも衣装が派手、、
おかしい、、、ふふふ。
歌の方って、自己主張が強いって、
うちのピアノ先生が言っていました。
ピアノの伴奏を頼まれるらしいのですが、、苦労するようです。
Commented by aamori at 2019-02-04 07:59
> tabi-to-ryokouさん
神田明神のお祭りは、おなじみの祭りなんですね、、、
創業1864年の天野屋さん、明治が1868年だから、古いですね、、
野村胡堂、ウィキで見たのですが、
岩手県出身で、東京には、東京帝大に入って、住みだした。
帝大は学費が続かず、中退。
あのあたりの土地勘はあったのですね、、
音楽好きで、クラシック、レコード収集。
音楽評論も書いていました。
レコード1万枚を東京都に寄贈したなど、、
彼の書いたものは、読んだことないです。
by aamori | 2019-02-03 09:42 | 日常のこと | Comments(6)