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カテゴリ:本( 167 )

10歳で

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本の続きです

教育という病~子どもと先生を苦しめる


「教育リスク」~(光文社新書)Kindle

内田 ()



私は知らなかったのですが、最近小学校で「2分の1成人式」というのがあるようです。


10歳の通過儀礼を受けるというのは興味深いアイディアである。式そのものの存在意義は十分にあると思われる。
だが気がかりなのは、その内容である。具体的に次のような項目が実施される。

●将来の夢「就きたい職業」を語る
●合唱をする
●記念になる品を工作する
●保護者に感謝の手紙を渡す、保護者から手紙をもらう
●自分の生い立ちを振り返る(名前の由来、誕生時の写真)

ここで問題視しなければならないのは、最後の2項目、

本の項目、
第2章(第1章は組体操のことでした。組体操ももう少し詳しく伝えたほうがいいかもしれないのですが。

「2分の1成人式」と家族幻想__家庭に踏み込む学校教育

「家族」の光と影
多くの読者が、「家族は大切な存在」「家族は落ち着ける場所」と答えるだろう。
しかし、その一方で少なからぬ読者が「家族といると息苦しい」「家族はしんどい場所」と答えるのではないだろうか。
私なりの表現を用いれば、「家庭というのは、この世界の中で最も安全なところであり、かつ最も危険なところである」
基本的にうまくいっている家族と、ほとんどうまくいっていない家族がある。

2012年の殺人検挙事案、加害者の53,6%が親族である。
「不審者に気をつけましょう」というが、実は身内こそ危険。

考えてもみれば、身近な人間関係だからこそ、殺人にまで至る。
通りすがりの人に対して、恨みや憤りがこみあげてくることはめったにない。
電車内のマナーの悪い人に腹が立ったとしても、電車を降りればそれで終わりだ。
家族はそうはいかない。

家族の「善きもの」としての像が眩いほど、影の世界は見えにくくなる。
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最近、9歳の男の子が、、亡くなり両親が逮捕されました。
その前も、、東京で5歳の女の子が、、かわいそうな話で、、、胸が痛みます。

そこまでいかなくても、、、すべての家族が、「良きもの」ではないです。
ここのところの話ははまだ続けたいです。

学校って「いいことだ!!」という考え方が起きると、、
単純に、そちらの方に向かうようで、、単純ないいことって、気分がいいし、、わかりやすいのですが。

組体操の、「一体感」「達成感」「感動」
よくわかりませんが10段の人間ピラミッドとか、、これって怖いですよ。
事故、しかも重傷事例も、、あるようで、、
twitterとか見るといろいろ発信されているようなのですが、、、

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by aamori | 2018-08-04 09:08 |

学校の話に

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暑いです。夏になると、夏休みを思い出し、なんとなく子供時代の学校を思い出します。
すべて善かったなんて、思えません。
どちらかというと、、学校の雰囲気、学校の文化的なモノ、、、嫌い、
団体行動、みんなで一緒にが、、ちょっと嫌なんです。天邪鬼ですから。

ということで、

今度はこの本から、

教育という病~子どもと先生を苦しめる


「教育リスク」~(光文社新書)Kindle

内田 ()


組体操の話、、今も??
現状は知りませんが、少し前まで、、ニュースでも取り上げられていたような。

組体操は多くのリスクを伴うが、組体操の最大の問題点というのは、
多大なリスクがあるにもかかわらず、それが無視されてしまうところにある。
これはすなわち。組体操が危険だと訴える人がいる一方で、
その危険性に耳を貸すことなく組体操を称賛する人たちがいるということである。
後者の場合、子供がどのようなリスクに直面していようと、
その活動は教育という名のもとに正当化されてしまう。

組体操の場面を考えるだけで涙が出そうになるという人がいる。
指導する先生も、競技する子供も、それを見守る保護者も、
地域の住民も、感動の拍手を送る。
「感動」に加えて、「一体感」や「達成感」も組体操の意義として、
しばしば強調される。

組体操において、子供たちは痛みや恐怖を感じる。
だが、それは他者のためであり、
そのようにして皆で相互に耐えることで
1つのものを作り上げていくという教育物語がそこにある。

このような美談のセンスはちょっと嫌いなんですが、、
事故の頻度、事故の重大さ、危険度の実態はどうなのかと考えていかないと、、
美談の意見のほうが強そうです。
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うちの子は、日本の教育から、中学生で、アメリカの教育へ、、
雰囲気がかなり違います。そもそも、みんなで一緒にという、、運動会はなかったです。
チアリーダーなんかはありましたが、あれは希望者ですし、、

修学旅行、、少なくとも日本のような、、もなかったです。

全員が、、強制的にってあったかなぁ?

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by aamori | 2018-08-01 11:57 |

無理のない勉強で、、

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本の続きです。

日本人の9割が知らない遺伝の真実

(SB新書)Kindle

安藤 寿康()


遺伝ほど俗説で誤解されているものはない!


著者の話ですが、、

ここ10年ほど、スポーツクラブに通っています。
初めてそのスポーツクラブに行ったとき、私は少なからぬショックを受けました。
ストレッチや筋力トレーニングの説明をしているインストラクターが、
「気持ちのいいところで、止めてください」といったのです。

学校では、頑張って勉強しろ、ベストを尽くせと言われます。それは社会に出てからも同じです。
仕事でも最高のパフォーマンスを出すことが求められます。
「気持ちのいいところで止めてください」というインストラクターの言葉を聞いて、
私は「あ、これでいいんだ」と思いました。

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その後もスポーツクラブは続けていますが、
私は別にプロのアスリートになろうとか、オリンピックに出ようなどとは考えていません。
もうすこし痩せたいと思いながら適度に筋肉に負荷をかけ、気持ちよく汗をかきながら、
何故痩せないんだろうと感じているだけです。

学校での勉強がそうであってはいけないのでしょうか?
先生は生徒のレベルに合わせてある程度調整してはいるでしょうが、
基本的には教科書の内容をすべてできるようになることを要求します。
そして、できるようになったものから順にいい大学に入れるという仕組みです。

けれど、だれもが三角関数や微積分を使って、高度な問題を解かなければいけないわけではありません。

歴史についても、みんなが年号を丸暗記して、起こった出来事をすべて理解しなくてもいいでしょう。
関が原で徳川家康に敗れた石田三成の志に共感したり、
明治の民権運動でここまで民衆の意識が高まったのかというように興味を感じたほうが、
歴史そのものが嫌いになるよりよほど有意義なはずです。

教科書の内容をスイスイ理解できて、勉強が苦でない人は、どんどん勉強していけばよいでしょう。
もちろん、そういう勉強ができる人と、なんとなくわかった気になった人では、学業成績に差が付きます。

でもスポーツクラブで、100kg以上のバーベルを持ち上げる人もいれば、
軽い運動で健康を保っている人がいるのと同じように、
いろんな形での知識との接し方があることを認めたほうがいい。
誰もがオリンピック選手を目指さなくてもいいのです。

むしろ重要なのは、それぞれの生活の中で、何かをずっと続けていられることです。

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著者の考えがいいと思います。
スポーツに関しては、たいていの人は個人差に納得しているのに、、
なぜか、勉強に関しては、、認めたがらないようで、個人差を。
でも、認めないとかえってつらくて、楽しくないです。

歴史の暗記が大嫌いで、、ずっと社会科嫌いでした。
「ベルサイユのばら」を見たり、永井路子さんの鎌倉モノを読んで、やっと歴史が好きに、、
さっき調べたら、永井さん93歳なんですね、、、
塩野七生さんの歴史小説も、好きです。

学校での、試験のための、歴史、、嫌いで、成績もひどかったです。

写真はグランドティトン
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by aamori | 2018-07-30 11:30 |

友達付き合いで、、

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本の続きです。

日本人の9割が知らない遺伝の真実

(SB新書)Kindle

安藤 寿康()


遺伝ほど俗説で誤解されているものはない!



偶然できた友達との関係が、子供の世界観に大きな影響を与えることがあります。
特に思春期に入った子供にとっては、親に認められるより友達に認められる方が重要ですから、
友人関係から排除されないようにふるまうようになります。

ジュディス・リッチ・ハリスは「子育ての大誤解」(原題”the Nurture Assumption”)の中で、
重要なのは仲間関係と述べています。
重要な友達に認められること、彼らとともに社会関係を築けるようになること、
そこから大人になっても役に立つ様々な社会的役割能力を身に着けること、
これは先住民族の子供から現代社会に生きる子どもまで、共通して、重要な環境であると考えられ、
ハリスの主張はそれなりにうなずけます。

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ただこの話を聞いて「うちの子は、内気で外の友達を作ろうとしない、大丈夫だろうか」
と心配される親もいるのではないでしょうか。
友人関係が子供の成長に重要な役割を果たすとは言え、仲間環境だけがとまで言い切るのは単純化しすぎでしょう。

友達は必ずしも人間とは限りません。
本を読んだり、絵を描くことに熱中しているのであれば、それもまた子供にとっては友達でス。

それでは、親が「良い友達」を選ぶべきかどうかについてはどうでしょう。
確かに、その子が明らかに評判のよくない不良だとしたら仕方ないでしょうが、

一般論としてこのように子供に教えることの危険性は、
「人間を能力や家柄など、特定の属性によって選別し、排除してもいい」という価値観を子供が学習してしまうことです。
さらにその価値観は、自分だけは差別されない側にいると思い込む傲慢さ、
あるいは逆に潜在的に自分自身が、差別される側に回りうるという恐怖心、・猜疑心を学ぶことになります。
その意味で、「あの地域の子供と付き合ってはダメ」「よその国から来たあの子とは縁を切りなさい」などなど、、
圧力をかけるのはいいことではありません。

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親の価値観で、決めつけて、子供の人間関係に口出しは、、良くないです。

最後の文章、、大事だと思います。
うちの親、よくやっていたのが、友達の評価、、その子が賢いとか、、どういう家の子かとか、、、
結構間違った評価もしていたし、、、

そうそう、アメリカにいたころ、、孫の友達が黒人かどうかを気にしていました、、、偏見が強い。
その点に関しては、私怒ったのですが、、「だって、当然」という感じでした。
その点に関しては、、うちの親以外にも、、、同じ感覚で、、ちょっと注意を受けました、(日本にいる日本人)

写真は、アメリカグランドティトン。
 
いくら私でも(?)、こんなスポーツはやりません。基本は臆病です。
でも、気持ちよさそうだわ、、、


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by aamori | 2018-07-27 09:40 | | Comments(6)

英才教育は?

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本の続きです。

日本人の9割が知らない遺伝の真実

(SB新書)Kindle

安藤 寿康()


遺伝ほど俗説で誤解されているものはない!


幼児のころから、英語を学ばせる、スポーツをさせる、プログラミングをさせる、
そうした英才教育が盛んになっていますが、、
これによって子供の才能を伸ばすことは可能なのでしょうか?

注意が必要なのは、小学生の場合、遺伝的な素質はまだ発現途上にあり、
成人したときの遺伝的素質を必ずしも十分に予測しきれていない可能性があるということです。

運動能力の場合は、体格の遺伝的変化がまず影響します。
しかしそれだけでなく、認知的要因もこの間に変化します。
本当に優れた選手になるのは、こうした遺伝的条件が変化してもなお、その競技に対して恵まれた資質を発現できている人です。
あるいは仮に遺伝的変化が必ずしも適応的でない資質をもたらしたとしても、
それを補うための訓練に成功できた人なのでしょう。

同じことは、音楽、美術、囲碁や将棋、そして学業にもありうることです。
 「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」
この時期に見られる遺伝的変動、もう少し正確には、子供のころに現れなかった新しい遺伝的資質の発現、
によって、ある程度説明されるでしょう。

ですから、小学生ぐらいの時点の能力でエリートコースへ子供を振り分けるなどというのは、危険が大きいと思われます。

幼い時に知的英才教育のための特別な塾や幼児教育に高額の投資をすることが、
将来の高い知的パフォーマンスを約束すると信じるとすれば、
裏切られる可能性が高いといわざるを得ません。

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私たちの社会は、子供の時に見出すことのできる個人の傑出した才能だけで成り立っているわけではありません。
社会に出て他人と協力しあい、経験を積みながら、その中で出会った一見目立たない細部の中に自分の遺伝的才能を見出して、
それをし続けることで何かを成し遂げることのほうが圧倒的に多いのです。・

「英才教育で見出しやすい才能」にこだわって、一喜一憂するのはナンセンスです。

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この意見に賛成です。。子供が小さい時に、周囲を見て、、
結構、早期に皆さん教育していて、、
ちょっと動揺しましたが、、、

低学年の優等生が、そのまんま、優等生で、トップの成績を続けているわけではないなと、、
自分の学生時代も、子供の同級生たちを見ても、、わかりました。そういうことです。

私としては、スタートでフライング気味に走り出しても、結局はその子の資質だと、、、
投資はやめようと、、ケチな私は、教育予算を削りました。
覚えて損はない水泳教室とか、、おぼれないように、、と行かせましたが。

子供が好きで楽しんでいるものなら、、いいと思います。
たとえそこでの才能がたいして伸びなくても、きっと何か役に立つと思います。
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写真は、イタリアのアルプス、、
イタリアもこのあたり、なんとなく料理もドイツ風、英語は通じないことが多かったです。

天気が悪くて、良くは見えなかったのですが、アルプスって険しいですね、、
少しは、ハイキングしようかと思ったのですが、、、雨で中止しました。


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by aamori | 2018-07-25 10:48 | | Comments(2)

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本の続きです

日本人の9割が知らない遺伝の真実

(SB新書)Kindle

安藤 寿康()


遺伝ほど俗説で誤解されているものはない!


あちこちから、ちょっとおもしろいと思ったところを、、

意外だと思われるかもしれませんが、
人間は年齢とともに経験を重ねていくわけですから、環境の影響が大きくなっていきそうなものですが、実際は逆なのです。

つまり、人間は年齢を重ねて様々な環境にさらされるうちに、遺伝的な素質が引き出されて、
本来の自分自身になっていく様子が行動遺伝学からは示唆されます。

もちろん、若い時に「光る才能」がわかりやすく見えるかどうかはわかりませんし、
それが本当の意味での才能になっていくかどうかはもっとわかりません。
しかし、遺伝はその人の一生を通じて影響を与え続けますが、
環境が影響を及ぼすのはあくまでその環境が周りにある時だけです。

いずれにせよ、人はいずれ親の七光りが通用しない社会の中で生きていかなければなりません。
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私も年を重ねて、、
若い時から知っている人、、、「え~~!こんな人だったの??」
良い意味でも、悪い意味でも、驚くことが増えています。
特に、悪い!!こんな性格??と判明した場合は、びっくりとショックが、、

たぶん持って生まれた性格が、、発現してきたのかと、、

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IQが高いというといいことづくめのようにおもわれるかもしれません。
しかしそれが抽象度の高い論理的情報能力を意味するとすれば、逆に見れば、
具体的事物に即し、体で学び、個別の状況の微妙な違いを感じ取って反応するような、
例えば昔ながらの職人の知恵や短歌や俳句に感じ入る能力がおろそかになっている可能性があるかもしれないのです。


IQで、、思い出しました。たぶんとってもIQが高いと思われる方、、
実生活では、けっこうまぬけ(?)で、いろいろ笑った。

いただきもののハム詰め合わせを部屋の隅に放っておいて、腐らせたり、
しかも発酵(?)してガスで、パックの袋がパンパンにふくれていて、
「ねぇ、これたべられる?」びっくり、、
パトカーを追い抜いて、スピード違反で捕まったり、、
整理整頓はできなかったり、、、
生活能力がとっても低いんです。
ほんと、えらく頭がいいんですよ、、囲碁や将棋は強く、マージャンも強いんです。
学歴もすご~~い!!
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人間は面白いです。
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写真はベニスから北へ、イタリアのアルプス。天気が悪かった。

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by aamori | 2018-07-24 08:45 | | Comments(2)

かなりインテリ(?)と思われる方の言葉からでも、、、遺伝に関しては誤解や錯覚があると思うので、、

補足したくなりました。もう少し科学的に、、
といっても、図解や生物学面倒、、結論と思われるところを、、

たぶんインテリと思われたおばさま方も、生物学の知識はないと見た、、、うまい具合に、親の特質が伝わると、、

えている。


同じ著者の違う本からです。

心はどのように遺伝するか 双生児が語る新しい遺伝観 (ブルーバックス) Kindle

安藤寿康 ()






伝わるのは遺伝子で表現型ではないということ。
(遺伝子の組み合わせで、表現されるのが表現型)
遺伝子は、親の半分ずつが組み合わさって伝わり、子の世代で新たな遺伝子の型が構成される。



遺伝は形質を伝達させ類似するものを生む原因であると同時に、形質を散らばらせて異なる資質を生み出す要因でもある。
特に多くの遺伝子がかかわっている場合、遺伝は類似性と同時に多様性も生む。

我々が常識的に受け止める「伝達性」としての遺伝、
つまり頭のいい親から頭のいい子が生まれるとか、子供の性格が明るければ親も明るいといった遺伝観は、必ずしも正しくない。

「カエルの子がカエル」になるのも遺伝なら、「鳶が鷹を生む」のも遺伝なのだ。
「鳶が鷹を生む」可能性もあれば、不肖の子が生まれる可能性もあるというわけ、、

一昔前、一家に何人も子供がいた時代には、一組の親からいろんな素質を持った子が生まれることは、日常のように経験していた。
少子化によって、家庭内分散が見えなくなり、家庭間分散に気を取られるようになっているのかもしれない。

私も、兄弟の多い親の世代、おじ叔母を見て、、環境より持って生まれたものという感覚を持ちました。

子供が一人のうちは、なんでも環境で説明できるような気がしているが、
一人目の子供とそんなに違った育て方をしているわけではないのに、ずいぶん違った資質を持っていることに気づくと、
もはや遺伝の違いを意識しないわけにはいかなくなる。

子供が男の子と女の子だと、男女差のせいとして受け止めますね、、

人間の心や行動が遺伝の影響を受けていると聞くと、遺伝による決定論や宿命論を連想し、
不安や反感を持つ方もいるかもしれないのですが、、
これだけ世間でDNAがどうのこうのといわれているのですから、
なるべく誤解せずに、、科学として、、とらえて、、思想だとか、、とは違うので、、

知っている方が、役に立つと思うのです。




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和歌山からモモが届きました。和歌山は果物のおいいしいところです。

果物も、、遺伝を研究した成果、、では??


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色とりどりでかわいいから好きです。

園芸のお花も、、遺伝を考えて、、いろいろ出てきました。


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by aamori | 2018-07-20 17:26 | | Comments(2)

子育ては???

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本の続きです。

日本人の9割が知らない遺伝の真実

(SB新書)Kindle

安藤 寿康()


遺伝ほど俗説で誤解されているものはない!


この本、子育てで悩む頃に読んでいたかった、、、

でもそのころ読んでも、信じなかった?
本を手に取ることもなかったかな?

家庭における親の子育ての仕方は子供がどう育つかにあまり影響を与えていないと考えられます。

世の中には、たくさんの子育て本が出ています。
「××したときは、もっと褒めるようにしましょう」など、様々な子育てテクニックが紹介されていますが、
そうしたテクニックの効果は、行動遺伝学の立場から考えると、あまり期待できません。

なんだかよかった、うちの親は「ほめない」人たちだったので、、、

行動遺伝学の研究から導き出された重要な知見の一つは、個人の形質のほとんどは遺伝と
非共有環境(家庭の外での友達付き合いや学校のクラスの違い、一人きりでする経験)から成り立っていて、
つまり親がどんな親かということが、子供の個人差にはほとんど影響がない、、
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これは親が何もする必要はないということではありません。
親が子供に対して直接・間接に示す家庭環境が、子供の個性を一律に育てるわけではないということが示されているにすぎません。
行動遺伝学が説明するのは、あくまでも「個人差」要因です。
子供にとって、親や家庭(あるいはそれに相当する環境)が大事で意味があることは言うまでもないことです。
子供の居場所、安全基地、最初に出会う社会です。
食事や身の回りのしつけを通して、一人前の大人になるのに必要な体力づくりや様々な社会ルールについての知識を学びます。

大事なのは、子育て本のパターン通りに誰にでも当てはまる教科書のようなかかわりをするのでなく、
自分が経てきた経験に根差す価値観に基づいて、
子供の中にある形質を見つけるよう努力することだと思います。


ここで終わると???ですよねぇ、、もっと続けます。
親が子供を自分の思うような子にしようとコントロールはできないということだけでも、、わかりますよね、、、
子供が、家庭以外の外の社会で、、学んで、育っていくようで、、
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写真はアルハンブラ宮殿で、、色とりどりのラナンキュラスが咲いていました。

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by aamori | 2018-07-20 11:11 |

何もしなければ、、、

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本の続きです。

日本人の9割が知らない遺伝の真実

(SB新書)Kindle

安藤 寿康()


才能が遺伝することに関する大きな誤解の一つは、何もしなくても才能が開花すると考えてしまうことです。

外国語の才能に遺伝の影響があるからといって、一度も聞いたことのない外国語を滑らかに話せるはずはありません。
どんな才能であれ、未知のことを学んだり、鍛錬したりすることなしに、発現することはないのです。

教わらないことって、できないことたくさんありますよ、、、
ブランコの漕ぎ方だって、スキーだって、、水泳だって、、見ただけで、、できる??(そういう人もいるかも、、)
でも、、、教わればもっと早く、できます。楽器も、教わらないと、、、
教わらずにできないことを「才能がない」と決めつけるのは良くないです。
そういう傾向も、ちょっとあります。。本人も、親とかの大人も、、


人間の持っている能力には、膨大な数の遺伝子が複雑な形で関係しており、あなた自身を環境に適応させようとしています。
環境が変化すれば、適応の仕方も変わってきます。

逆に言うと、同じ環境に置かれても、遺伝子が異なれば、異なる適応の仕方をするということになります。
例えば、学校で同じ科目を習っても、呑み込みの速さや正確さであるとか、やる気のあるなし、
努力しようという気になるかならないかなど、人によって全く異なっているのが当たり前です。

遺伝と環境の両要因がともに働きあって才能は発現するわけですが、
一見同じ経験をしたとしてもそこから何が引き出されるのかは人によって違います。
そこに遺伝の違いがかかわってきます。
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遺伝の違い、つまり個性ということですね、、、
同じとして扱うから、、、学校って、、


どこに隠れた才能があるかわからないのですから、いろんなことにチャレンジすることって大事だと思います。
でも、向いてないと思ったら、あきらめてほかのことをする決断も、、もっと大事かなと。

やたら、忍耐とか根性とかとこだわらずに、、まず好きなことを大事にでしょうかねぇ??
隠れた才能を探すのが、、、周りの教育者などの大人の仕事では、、、
些細な才能でいいので、、、例えば、服をたたむのが上手いとか、、、(少なくとも、うちの男性らは私よりうまい、、トホホです)
だからスーツケースのパッキングがきれいです。

以前の職場、机の上は乱雑でしたが、やたらベッドメイキングが上手な方がいて、、、びっくり。
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写真はボラボラ、、

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by aamori | 2018-07-18 17:40 | | Comments(0)

勉強するのは無駄?

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本の続きです。

日本人の9割が知らない遺伝の真実

(SB新書)Kindle

安藤 寿康()


遺伝ほど俗説で誤解されているものはない!


学力や知能は遺伝的な影響力が大きいわけですが、そうなると勉強することは無駄なのでしょうか?

誤解を招きやすいのですが、学力や知力といった能力は、私たちが住んでいる知識社会と教育を前提にしています。
私たちの社会は、自分一人の力だけでは学べない膨大な知識の上に成り立っており、
社会は常に解決しなければならない問題に満ちています。
その社会に適応し、自分が直面する社会の問題を解決するためには、
その社会を作り我々を生かしてくれる知識を誰かに教えてもらわなければなりません。
そうでなければ社会的生活を営むことは不可能です。
その意味で、教育は人間が生きるうえで不可欠な学習様式であり、
人間は教育によって学習すること、つまり勉強することは、生きるうえで絶対に必要なことです。
学習や勉強は無駄であるどころか、必ずみんながしていることであり、しなければならないことです。

そのことを前提としたうえで、学力や知能には遺伝的な影響があるというのは、
同じように教育を受けたとしても、どの領域でどの程度のレベルにいけるかはどうかが、
各人の遺伝的素養によって、ある程度規定されるということです。

スポーツでオリンピックに出場できる、世界的コンクールでバイオリンを演奏する。
そうした能力とは違い、学力は、教育さえ受けて、ちゃんと努力すれば平等に伸びていく、、、、。
これは今でも親に、教師に、行政や企業の人々に、そして誰よりも学習者自身に、
信仰のように信じられているように思われます。

努力して、工夫して勉強さえすれば、だれでもいい大学に受かることができる。
その能力だけは万人に与えられているという信仰に、しがみついている人が今でも、少なくないのはなぜでしょう。
残念ながら、行動遺伝学の研究結果は、その信仰を否定することになりました。
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ショックを受ける方は多いかなぁ?なんたって、信仰だとすると、、、
この年まで生きて、いろんな人、いろんな子供の成長を見ていると、、
知識の領域だって、スポーツと同じように、才能の差があると思ったけれど、、、

スポーツで「この人にはかなわない」って思うように、
勉強でも、思ったけど、、、努力の問題ではないです。

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無理しなくたって、、人生楽しめますもん、、自分の持っている手札で、、、
適度な運動神経で、、この暑い中、テニスで遊べますもん。


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by aamori | 2018-07-17 09:29 |